【自己理解】自分らしく生きることが成功につながる(八木仁平さん×川原卓巳さん動画まとめ)

自分を愛する 自己理解

自分らしく生きる秘策とは

八木仁平さん×川原卓巳さん対談動画

自己理解について情報を発信している八木仁平さんと近藤麻理恵さんの旦那さん川原卓巳さんの対談動画がとても参考になるモノでしたので、ご紹介します(対談の動画をまとめたものになります)。

成功するひとは自分らしく生きている人。
自分の個性を磨き上げた人である。

世間や周りの意見に従ってただ生きている人生では、決して成功できない。
改めて、自分のこれからの生き方を考えさせられる内容でした。

 

八木仁平さん
・YouTubeで自己理解について情報を発信
・世界一やさしい「やりたいこと」の見つけ方著者
・株式会社ジコリカイ代表取締役

川原卓巳さん
・奥様は「人生がときめく片付けの魔法」著者近藤麻理恵さん
・シリコンバレーとハリウッドを拠点に近藤麻理恵さんのプロデュースを行う
「人生がときめく片付けの魔法」を世界42か国累計1400万部の大ベストセラーにする
・2023年プロデューサーを養成する『川原卓巳プロデュースの学校』を設立

 

成功している人は、「自分らしさ」を見つけ、それを磨き上げた人である

最初生まれたときはどんな人でも同じ子供。

だけど、何年かたったときに、成功しているという状態にたどり着けている人といない人がいます。

たどり着けている人に唯一共通するポイントは…

「自分らしさ」というものを見つけ、それを活かすことに特化したから

 

自分という存在は、「唯一無二で自分しかいない」
まったく同じ人は1人もいません。
(必ず100%ここにいるどんな人でも)

 

唯一無二であるこの個性をより強めること、より磨き上げること、より純度を高めることをし続けると、結果、唯一無二の存在になります。

 

なので、差別化とかいう話ではなく、1人1人すでに違うもの。

だからこそ、個性を磨き、どう活かすかということに注力するというのが非常に重要なポイント。
それができた人から順番に、成功していきます。

成功という定義はいろいろありますが、つまり成功=自分らしく生きているということです。

 

他の人との差別化とは、自分の根本を変えることではない

魂

他の人と差別化、区別化、自分のポジションを立てるということは、自分の中にあるコアな部分や価値観がより求めてる人に届くようにというチューニングをすること。

自分の根本を変えるのではなく、社会の求めているものにちょっとだけ調整する。

なぜなら時代の流れとか多くの人が共通意識として持っているこういう人はこうであってほしいとかこうであったほうがわかりやすいというものは時代によって違うから。

時代とか場所とか伝える人によって、その人が受け取りやすい形に加工します。

なにか違いを作るために、「自分じゃない何かになろう」という行動は一切しません

 

差別化と言って、自分の個性を否定する差別化をしている人が結構多いです。

これは、「ただの自殺行為」。

頭で考えすぎて訳わからなくなっています。

それを繰り返しすぎて、どんどん自分の魂の声から離れ、自分の本来の良さが薄れ、自分を失い、どんどん魂を削ってしまっているのです。

 

自分らしいまま成功できるのか?

成功した人

自分らしいと成功が両立することができるのかという考えが間違っています。

そもそも自分らしくないと、成功…長期的に社会で認められるような報酬がついてきて、ありがとうって言われるようなことはできません

自分らしくの先に成功があります。

 

情報革命以降、変わってきている成功法則

 

今の私たちの当たり前として(教育によって与えられた)インストールされている成功は、産業革命以降の企業を伸ばすという成功モデルに基づいた個性であったり個人の考え方。

 

でもそれが情報革命以降、特にソーシャルメディアが出てきて以降、ルールはガラッと変わっています。

 

良さだけで成功するのが超簡単な状態になっています。

でも、それがリスクがあるように見せている。

なぜなら企業にいてもらうほうが企業にとってメリットがあることだったから。

しかも中にいる人たちにとってはそれでうまくいってたから、それが真実であり、正義であり、正しかった。

 

でもそれを聞いていて、そこにフィットしない才能を持っていたり、個性があったりする人からすると、すべてがあなたにとって間違いだと思って聞いててもいいくらい、今の世の中で言われていることは真逆です

 

親世代が通用してきた成功法則は、本当に通用しません

昔はモノが足りなかったから大量生産で多くの人に届ける。

つまり、大量に同じ人が必要で、大量の同じものを作るという時代でした。

個性がいらない時代だったのです。

 

今はほとんどの人の底辺の欲求…生理的欲求や安心・安全の欲求とかって満たされているから、上のほうの個別の最適化された細かい欲求…自分らしく生きたいといった高次の欲求になっています。

 

その時自分の個性を伸ばして変態的にニッチなものをやったほうが求める人はいる。

思考を180度転換する必要がある

 

これをやったら、絶対あなたは自分らしく成功するというポイント

自分らしく生きる

安心して狂いなさい」ということ。

 

もともとはみんな狂っています。

だけど、「あなたはこうだ」という型にはめられて、みんな同じ形にされて、デコボコなはずなのに型にはめられています

狂っているのに矯正されてるからうまくいかない

 

それぞれの人が、自分の本当にしたいことやなんかよくわからないけど、めちゃくちゃ夢中になっちゃうことに、安心して身をゆだねてしまって大丈夫

それで生きていけるから。だから、安心して狂っていい

 

安心して狂えば、自分の才能を輝かせてくれる人と出会える

人との出会い

ちゃんとしたふりをすることが大人であり、その先に成功があるって思い込まされてるけど、そんなものはすべて幻想

 

それぞれの人が自分の興味・関心・好きなもの・時間を忘れて没頭してやっちゃうことを本当に安心してやり切ってたら、その先に「それマジいいじゃん!」という自分の才能を輝かしてくれる人と出会ってしまう

 

出会おうと頑張るんじゃなくて、自分の才能を輝かせてたら勝手に引き寄せられてくる。

 

突き詰めようとすると、それを突き詰めたいための情報であったりとか媒体であったり、場所だったりコミュニティだったりに人は必然的に行く。より極めたいから。となると、似たような人がその近くに集まるようにできてる。

 

それを我慢してたりとかある程度のところまででやめるから、出会いにくいコミュニティとか濃さの場所にいちゃうので出会ってない
もしくは批判される。もう批判されてる時点で、そこにいちゃだめだというただのサイン

 

出会えるところに行くというより、狂っていてめちゃくちゃ批判されたり、「なにそれ」とかって言われたら、「あ!ここじゃないんだ」って動いていると、いつかたどり着いてしまう場所が、才能を輝かせてくれる人と出会う場所

 

多くの人は学校教育でくるってるところを矯正するのに慣れすぎていて、狂ってるとか変だねとか批判されたときに、そこに居続ける、ここにいれる自分にならなきゃ…って自分を変える努力をし始めます

 

安心して自分の心の底からもうオエッて出そうなくらいの本音をしゃべって受け取ってくれるなと思える場所に行くこと

 

社会でやっていくには我慢や合わせることも必要?

我慢

自分の魂に従って受けている苦痛や苦労、嫌な感情は、鍛錬

自分を鍛え磨いてくれます

でも、自分の魂の声から逸れたところで痛みや苦痛を受け取っているのは、ただの我慢

全然違う。

ネガティブなこと、怖いことから全部逃げろというわけではありません。

自分が進みたい道に試練は必ずあります。

 

自分の才能を使って使って…使いまくると、才能の輝きはやっぱり増す。

苦痛や苦労を超えていった自信だったり、自分の魂がより響きあってるのを感じられます。

それが本当の人生の喜び。

 

成功した人が結果が出て、その後も結果が出続ける理由

学ぶ

最もうまくいってる人から学び、素直に実行するから」。

 

みんな自分が行きやすい、それなりの人についちゃう。

そして、それを実行するから、それなりの人生になる

 

本来はこの人に学べたらこの人から教えてもらえたら一番いいよなまではみんな絶対知っている。

なぜならその人が一番有名だから。

 

でもその時に、自分なんかがそれを聞いていいんだろうかと勝手に自分で自分を殺してしまう。

敷居が高かったり、すごい人は忙しいだろうなって勝手に想像したり…と思って聞きやすい人に聞いて何となくやってる感じにするけれど、それは無駄。

 

その人に直接でなくてもいい。

本で読んでそのエッセンスを分解して自分の本に使うとしても、自分がなりたいもっともそれに近い人から学んでいることになる。だからそれでいい。

だからみんな遠慮なく、一度しかない人生だから、これはこの人から学びたい、この人のこれ取り入れたいというものだけを選んでいくといい

人生はそんな長くなく、時間がない。

 

しかも、その人から最初学んだことから自分の思考の枠というのが作られてて、その枠でしか思考できなくなっていくので、どんどん狭くなっていきます。

狭いところから学ぶと、どんどん狭くなる。

また、逆にその枠を広げてくれる人もいます。

 

自分次第で、何者にもなれるし、どこまでも行くことができます。

 

社会不適合者ではなく、その場所に不適合なだけだと知る

落ち込む

(ある仕事で上手くいかなかったとしても)社会不適合者ではなく、その場所に不適合だっただけ

皆簡単に社会不適合者というが、そんなに社会渡り歩いていないはず。

いやいやそこだけだから。そんな簡単に社会不適合者だと思わなくていい。

 

みんなが思ってる社会とか世の中は、自分がいるところから見えているところだけ。

世界はそんなに狭くないし、小さくもないし、冷たくない。

 

みんなが才能を見つけたら、そこから先の人生は変わります。

 

環境によって、人生の最終的な結果が変わってくる

人との出会い

みんな、自分を輝かせてくれる人、自分の魅力を見つけてくれる人は誰なんだろう?と待ってしまっています。

そうではなく、自分が変わって、狂えば狂うほど勝手に出会える

そして、狂い方のサイズ感があっている人にしか出会うことはできません。

自分が狂い切った先にしか狂いきって支えてくれる人には出会わないのです。

 

環境というのがすごく重要で、狂っている人が集まってる環境に行くと、狂ってることが普通になる。

環境の力というのはすごく大きい

だから自分がどこに身を置くのかが大事

 

自分らしく才能を生かして成功するということを求めている人がたくさんいる場所にいると、それが当たり前になる。

 

「いや違うよ。我慢の対価としてしかお金は得られないんだよ。」という人がたくさんいるところにいると、それが正解になる。

 

当たり前ということは人によって違い、その積み重ねの結果人生って生まれているから、当然最終的な結果は違う

日々考えてる思考が後で現れてくる

 

その他のポイント

仕事などで違和感を感じて変えようと思う時のポイント

いきなり辞めずに、副業で自分の才能を活かすのをやって、段階を踏みながらずらしていく

今の世の中の生き方としては賢い。

 

やりたいことをやるためにはやるべきことを頑張ることも必要なのか?

ポイントは、「やるべきこと」でやらなきゃいけなくて嫌なことは、短い時間で圧倒的にやって、早く通り過ぎるというのが人生のコツ

 

まとめ

いい会社に就職し、一生安定した暮らしを送る。そのために、勉強していい大学に入る。
個性を磨いたり、自分らしさというものを大事にすることは二の次でした。

自分のやりたいことは何だろう?自分はどんな人間なんだろう?自分はどんなことが得意で、どんなことが好きなんだろう?

そんなことを深く考えることは小さい頃、学生時代ありませんでした。
そして、それを考えるのが必要で、大事なことだとも思っていませんでした。
また、それを考えることを求められることもありませんでした。

求められたのは、勉強すること、良い成績をとること、いい学校に入ること、いい会社に就職する事です。

そして、いま悟るのです。
自分には何も特別な才能がないと。
自分の好きなことも得意なことも分からない、誰でもできる仕事しかできない人間になってしまったと。

だけど、今からでも狂いたいと思います。
自分の好きなことを探し、それをやってみて、その方向に一歩でも進む。
「成功」という結果は出なくても、そう思える方向に一歩でも歩く。
人間いつ人生が終わるかわからない。
だから、その時まで小さな一歩を続けて行きたいと思っています。

 

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